2012年5月14日 (月)

風邪・・・・・・・

風邪を引いた。 喉の痛みと咳が主な症状である。

体温は35.7℃、平熱である。動けないことはないが、少々だるい。

午前中、近隣の医院に行った。

Img_9077

道路挟んで、調剤薬局がある。 風邪薬を5日間分を処方された。

この風邪により、この日の行動、予定変更を余儀なくされた。 週末には仙台で、姪の結婚式に参列しなければならない。早めに回復するようにしないとならない。

2012年4月28日 (土)

自転車

14年使った自転車を廃棄し、新しい自転車を買った。

Img_8936

近隣活動の足として使う。

Img_8937

防犯登録とTSマークを付けた。

2012年3月26日 (月)

リビング・ウイル

スタMasaと妻は、日本尊厳死協会 の会員である。結婚する時、妻から勧められ二人で入会した。

Hagaki

先月、上記の案内葉書が届いた。 土曜日の午後、家族3人で、茨城県立県民文化センターに向かった。

Bunkaseta

Kanban

Panf

Kousi

講演「あらためて考える~緩和医療と後悔少なき生死~」

講師は、東邦大学医療センター大森病院の大津秀一医師

スタMasaの母親は、脳梗塞で倒れた後、遷延性意識障害(持続的植物状態)で10年生きた。否、生かされた、というべきか・・・・。 ただ心臓が動いて無理やり呼吸しているだけ・・・人間としては、すでに終わっている状態、だと思う。

そういう状態で10年も心臓を動かす、現代医療の凄さを感じた。 

ただ、スタMasaは故郷を離れていたため、母の介護には当たらなかった。 最も苦労したのは、義妹である。  母が入院中、父が痴呆を発症した。 義妹は義父母の介護に尽力した。  

母が天に召された一年後、父が亡くなった。   両親が居なくなると、実家への足が遠のく・・・・・。

Lw

リビング・ウイル・・・・・生前発効の遺言、ということである。 

スタMasaと妻は、裏面に上記の意思を表明した、会員証を常時携帯している。

Kaiinnsyo

スタMasaの意思は、妻と娘に介護の負担を掛けたくない、ということだ。

2012年3月14日 (水)

三月十四日

3月14日である。

元禄十四年三月十四日、江戸城内において、播州赤穂藩主、浅野内匠頭が高家筆頭、吉良上野介に刃傷に及んだ日。 内匠頭は即日切腹、吉良はお咎めなし。 忠臣蔵の始まりの日であるが・・・・・・・

今の若い世代には通じない話かもしれない。

現代日本で3月14日というと、「白い日」ホワイトデーということになる。 菓子屋の宣伝で始まった行事らしい。馬鹿馬鹿しいと一笑に賦したいところだが・・・・・

1929年2月14日、米国シカゴで発生した、ギャングの抗争事件を記念した日・・・ちょっと違うannoy   聖バレンタインデーcake

これも菓子屋の宣伝で作られた日らしいが、今年も妻と娘から小さなチョコレートを貰った。

いたしかたなく、赤穂事件のこの日、妻と娘にシカゴ事件の返礼(シツコイ)として、菓子を贈ることにした。

Img_8498

2012年2月22日 (水)

ひな飾り

前回、真壁のひな祭り を紹介したので、今回はスタMasa家のひな飾りを・・・・・tulip

Hina_2

これだけであるcherry

2012年2月13日 (月)

義理チョコ??

「一日早いけれど・・・」と言いながら、妻と娘がチョコレートを呉れた。

Img_8190

↑ 妻からのチョコレート。市販品。

Img_8194

娘からのチョコレート。市販品。

二人とも、チョコレートを作る技量は無いcat

2012年1月 2日 (月)

2012年の始まり

皆さま 新春のお慶びを申し上げます

2011年は311の大震災が、重くのしかかり、「おめでとう」と言う気になれずに、新年を迎えた。

被災された方々、そして被災地の上に、神の慰めと励ましがあり、復興が導かれますように祈りに覚えます。

さて、日ごろの行ないが災いしてか、今年は元日から仕事であった。しかも夜勤付きnight

今年も地道に、持病の糖尿をコントロールすべく、真面目に生きていきたいと思う。

皆さま、2012年も宜しく御願いいたしますfuji

2011年8月 6日 (土)

おしらせ

一週間ほど、パソコンの無い所に出張します。

当ブログ、更新が滞っても心配無用です。

心配する奇特な人はいないか・・・・happy02

2011年3月23日 (水)

地震の爪痕

2011年3月11日午後2時46分発生、東日本大震災(東北関東大震災)は、甚大な被害をもたらした。

スタMasaの居住区域でも、道路の陥没や隆起、ブロック塀の崩壊などの被害があった。

以下、震災2週間目、近隣の様子の一部。

Img_4996

Img_4999

Img_5001

Img_5005

Img_5006

Img_5007

2011年3月14日 (月)

東日本大震災

2011年3月11日午後2時46分、三陸沖にて発生の超巨大地震・・・・

夜勤明けのスタMasaは自室で寝ていた。大きな揺れで目覚めた。これまで経験したことのない地震であった。 室内には物が散乱した。

停電である。ラジオで情報を得るべく、春休みで家にいた大学生の娘と二人で、自動車に入る。 訪問看護ナースの妻に連絡が取れない。携帯電話がまるで役に立たない。

真っ暗闇の午後10時過ぎ、妻が自力で帰宅。 スタMasaは娘を妻に託し、職場に向かった。二日後、帰宅。

帰宅すると、電気、ガスが復旧していた。水道は減量ながらも復旧。

久しぶりに入浴し、自室の散乱を整理するつもりが、疲れに負けて寝込んでしまった。

スタMasa家、安普請の建物につき、倒壊するのではと心配したが、何とか保った。

今だ連絡の取れない人々がいる・・・・

我が身と家族が守られたスタMasa家、神の守りを感謝するとともに、被災地の方々の無事を神に祈る。

より以前の記事一覧

2012年5月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    

最近のトラックバック