スタMasaと妻は、日本尊厳死協会 の会員である。結婚する時、妻から勧められ二人で入会した。
先月、上記の案内葉書が届いた。 土曜日の午後、家族3人で、茨城県立県民文化センターに向かった。
講演「あらためて考える~緩和医療と後悔少なき生死~」
講師は、東邦大学医療センター大森病院の大津秀一医師。
スタMasaの母親は、脳梗塞で倒れた後、遷延性意識障害(持続的植物状態)で10年生きた。否、生かされた、というべきか・・・・。 ただ心臓が動いて無理やり呼吸しているだけ・・・人間としては、すでに終わっている状態、だと思う。
そういう状態で10年も心臓を動かす、現代医療の凄さを感じた。
ただ、スタMasaは故郷を離れていたため、母の介護には当たらなかった。 最も苦労したのは、義妹である。 母が入院中、父が痴呆を発症した。 義妹は義父母の介護に尽力した。
母が天に召された一年後、父が亡くなった。 両親が居なくなると、実家への足が遠のく・・・・・。
リビング・ウイル・・・・・生前発効の遺言、ということである。
スタMasaと妻は、裏面に上記の意思を表明した、会員証を常時携帯している。
スタMasaの意思は、妻と娘に介護の負担を掛けたくない、ということだ。
3月14日である。
元禄十四年三月十四日、江戸城内において、播州赤穂藩主、浅野内匠頭が高家筆頭、吉良上野介に刃傷に及んだ日。 内匠頭は即日切腹、吉良はお咎めなし。 忠臣蔵の始まりの日であるが・・・・・・・
今の若い世代には通じない話かもしれない。
現代日本で3月14日というと、「白い日」ホワイトデーということになる。 菓子屋の宣伝で始まった行事らしい。馬鹿馬鹿しいと一笑に賦したいところだが・・・・・
1929年2月14日、米国シカゴで発生した、ギャングの抗争事件を記念した日・・・ちょっと違う
聖バレンタインデー![]()
これも菓子屋の宣伝で作られた日らしいが、今年も妻と娘から小さなチョコレートを貰った。
いたしかたなく、赤穂事件のこの日、妻と娘にシカゴ事件の返礼(シツコイ)として、菓子を贈ることにした。
皆さま 新春のお慶びを申し上げます
2011年は311の大震災が、重くのしかかり、「おめでとう」と言う気になれずに、新年を迎えた。
被災された方々、そして被災地の上に、神の慰めと励ましがあり、復興が導かれますように祈りに覚えます。
さて、日ごろの行ないが災いしてか、今年は元日から仕事であった。しかも夜勤付き![]()
今年も地道に、持病の糖尿をコントロールすべく、真面目に生きていきたいと思う。
皆さま、2012年も宜しく御願いいたします![]()
一週間ほど、パソコンの無い所に出張します。
当ブログ、更新が滞っても心配無用です。
心配する奇特な人はいないか・・・・![]()
2011年3月11日午後2時46分、三陸沖にて発生の超巨大地震・・・・
夜勤明けのスタMasaは自室で寝ていた。大きな揺れで目覚めた。これまで経験したことのない地震であった。 室内には物が散乱した。
停電である。ラジオで情報を得るべく、春休みで家にいた大学生の娘と二人で、自動車に入る。 訪問看護ナースの妻に連絡が取れない。携帯電話がまるで役に立たない。
真っ暗闇の午後10時過ぎ、妻が自力で帰宅。 スタMasaは娘を妻に託し、職場に向かった。二日後、帰宅。
帰宅すると、電気、ガスが復旧していた。水道は減量ながらも復旧。
久しぶりに入浴し、自室の散乱を整理するつもりが、疲れに負けて寝込んでしまった。
スタMasa家、安普請の建物につき、倒壊するのではと心配したが、何とか保った。
今だ連絡の取れない人々がいる・・・・
我が身と家族が守られたスタMasa家、神の守りを感謝するとともに、被災地の方々の無事を神に祈る。
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