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2012年3月30日 (金)

春の陽気:茨城笠間

3月末の金曜日。朝から暖かsun

手持ちの火薬も少なくなった。 早朝よりリロードする。種類は.308Win.

Ammo

弾頭シェラの110HP+火薬IMR4895を42.4gr.初速2800fps見当+雷管フェデラル+薬莢ノルマ。

当日製造、そのまま射場に直行・・・・・自宅保管することなく消費した。

場所は、茨城県狩猟者研修センター

Gun1

Gun2

Gun3

↑ 使用銃は、フリーライフル、シーレンDGA。

先客はハンターさん、 .30-06の自動銃の方と、.308Win.のボルトアクション2本を撃っておられた方のお二人。

その後、20番スラグ自動銃のハンターさん一名ご来場。

先日は、真壁射場で寂しい思いをしたが、この日は寂しくなかったwink

前回使用の実包は、弾頭155HPBTで造ったものであったが、今回は弾頭110HP。 着弾点が違うことは十分予想出来る。

まず、P(プローン=伏射)でゼロイン。

P

やはり着弾点は9時方向にずれていた。

Syemn

その後、立射、膝射と三姿勢を順番に撃つ。

S

↑ S(スタンディング=立射)。 10時方向の3点、痛恨であるが、これがスタMasaの実力cat

K

↑ K(ニーリング=膝射)。 このころ、フロントサイトのリングが瓢箪型に見え始めた。銃身上に陽炎よけベルトを這わせ、さらに小型扇風機で陽炎を飛ばしていたので、陽炎のせいではない。 自身の眼の疲労と思われる。

瓢箪型リングで覗いた黒点を撃つと、弾着は上に逃げるみたいだhorse

この時期、茨城県狩猟者研修センターの閉場は、午後5時。

フリーライフルを撃ち終え、クリーニングや後片付けをして時計を見ると午後3時。

受付にてトラップを申し込む。

Trapb

5700

↑ トラップガン、SKB5700、12番径。

Sandan

↑ 持参の装弾は、エレーの青。 もちろんトラップ用、24gの7.5号。

中らないことには十分慣れた。 単独3R撃つ。

11-9-11

Score


来週、火薬類の譲受許可を申請する予定。

2012年3月27日 (火)

そろそろ春:真壁50m射場

暖かな火曜日sun

SB(スモールボア・ライフル=リムファイア小口径)練習とする。

場所は、真壁=茨城県営ライフル射撃場

ここ最近、真壁50m射場には、一人とか二人とか先客があった。 この日は久しぶりに貸切状態。 寂しい・・・・・crying

Syaza

Kion1

↑ 午前11時ころの気温。 

Gun1

スタMasaの得物。 アンシュッツM1407アルミ。

Gun2

Ammo

↑ 使用実包は前回同様、エレーチームとエレースポーツ。

Kion2

↑ 午後1時ころの気温。かなり暖かbud

Gun3

いつものように、三姿勢を順序通り練習する。

Gun4

Syamen1

Syamen2

23teki

↑ 射座はいつもの23的。 暖かく、風もなく、撃ちやすい天候であった。

Gun5

Sobi_2

↑ 装備。ザウアーのコートとズボン。

Gun6


P_3

↑ P(プローン=伏射)   所々8点にはみ出すも、スタMasaとしては上出来fuji

S

↑ S(スタンディング=立射) 

  黒点の外に出ていない、これもスタMasa的には上出来bleah

K

↑ K(ニーリング=膝射) このころ、眼に疲れが出てきた。フロントサイトのリングが、時折、瓢箪のように歪んで見える。 少し眼を休ませてから仕切りなおした。

4時間練習して、明るいうちに射場から出た。 寂しい射場である。暗くなると、お化けが出そうで怖いshock

2012年3月26日 (月)

リビング・ウイル

スタMasaと妻は、日本尊厳死協会 の会員である。結婚する時、妻から勧められ二人で入会した。

Hagaki

先月、上記の案内葉書が届いた。 土曜日の午後、家族3人で、茨城県立県民文化センターに向かった。

Bunkaseta

Kanban

Panf

Kousi

講演「あらためて考える~緩和医療と後悔少なき生死~」

講師は、東邦大学医療センター大森病院の大津秀一医師

スタMasaの母親は、脳梗塞で倒れた後、遷延性意識障害(持続的植物状態)で10年生きた。否、生かされた、というべきか・・・・。 ただ心臓が動いて無理やり呼吸しているだけ・・・人間としては、すでに終わっている状態、だと思う。

そういう状態で10年も心臓を動かす、現代医療の凄さを感じた。 

ただ、スタMasaは故郷を離れていたため、母の介護には当たらなかった。 最も苦労したのは、義妹である。  母が入院中、父が痴呆を発症した。 義妹は義父母の介護に尽力した。  

母が天に召された一年後、父が亡くなった。   両親が居なくなると、実家への足が遠のく・・・・・。

Lw

リビング・ウイル・・・・・生前発効の遺言、ということである。 

スタMasaと妻は、裏面に上記の意思を表明した、会員証を常時携帯している。

Kaiinnsyo

スタMasaの意思は、妻と娘に介護の負担を掛けたくない、ということだ。

2012年3月23日 (金)

曇り空、トラップ:高萩射撃場

夜勤明けの金曜日、高萩射撃場に向かう。

Syamen

天候は曇り・・・・のち小雨が落ちてきたrain

Osirase

クレー放出器を換えるとのこと。

Gun2

トラップガン、SKB5700  12番径。

Gun1

クラブハウスで準備中、新進ハンターのNさんが来場。

Nさん1番立ち、スタMasa4番立ちで2ラウンド、御一緒させていただく。

トラップ射撃は・・・・先月17日以来であった。

使用装弾は、Kemen とFOB。いずれも高萩射場で販売されている。

Ammo

どこをどう撃ってよいのか分からない・・・・撃ち方を忘れているdown

この日は特に初矢が中らなかった。 

Score

13 14   このへんに落ち着いてきたか・・・・・cat

Nsan

↑ その後、Nさんは単独でラウンドを続けた。

2012年3月21日 (水)

春の陽気;真壁50m射場

3月も後半、彼岸を過ぎた水曜日、朝から晴天sun 暖かな日差しだ。

SB持って真壁=茨城県県営ライフル射撃場 に向かう。

Gun1

昼前、射場着。  クラブチーム「かめむし」の主宰TBさんが50m射場に先着、P(プローン=伏射)の練習をしていた。

Syazaoku_2

Kion_2

↑ 50m射場備え付けの温度計。

Gun3_7

Gun4_5

Gun5_2

↑ スタMasaの得物 SB(スモールボア・ライフル) アンシュッツM1407のアルミストック。

Ammo_2

↑ 使用実包はエレーチームとエレースポーツ。

Syaza3_4

P_13

↑ P(プローン)

S_6

↑ S(スタンディング=立射)

K1_2

↑ K(ニーリング=膝射)

Soubi_2

↑ コート&ズボン。ザウアー製。

Kutu

↑ 射撃靴。ステンバーグ製。

Glb

↑ グローブ。ザウアー製。

暖かな陽気、寒さに震えることはなかった。射撃には良い気候であったnote

2012年3月15日 (木)

練習再開:笠間フリーライフル

左足拇指不全骨折から3週間。先週、テーピングが解かれたが、痛みはまだ残るfoot

仕事休みの木曜日、練習復帰とする。

場所は、笠間=茨城県狩猟者研修センター 大口径ライフル射撃場。

得物はフリーライフル、シーレンDGA:.308Win.

Dga1

折しも、仕遊空間さん がスラグ練習に来場する予定であった。

仕遊空間さんだけでなく、関東R.S射撃教室 のK会長さんと同教室事務局さん、そして同教室の会員お二人が来場。 

瞬く間に6射座、満席となる。

Syamen

スラグは、仕遊空間さんとMさん。 仕遊空間さんは、ミロクSS-20で果敢に100mを攻めた。

Siyukukamtb

↑ スコープ調整中の仕遊空間さん。

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↑ 関東R.S射撃教室の面々。 この日の笠間射場は、関東R.S射撃教室の自主トレ会の様相であった。

Sgt1

Sgt2_3

↑ K会長さんの得物、サージャン・ライフル。口径.30-378。

30378

30378soko

Kaicyo

↑ サージャン・ライフルでニーリングを撃つK会長。 

ハンターの多くは、ニーリング=膝射ではなく、床面に座るシッティング=座射を採用しているが、関東R.S射撃教室ではニーリングを教えている。

ポジション射撃のK(Kneeling=ニーリング)では、スリングが重要なアイテムであるが、実猟を想定の関東R.S射撃教室では、スリングを使わないでニーリングを撃つ。 スタMasaには出来ないことだ。

Jimukyok

↑ 同教室事務局さん。得物は.308Win.のレミントンM700VLS(バーミント・ラミネート・ストック)。 立射もISSF式の装備は着けない。これも実猟を想定してのこと。

Siyukukan1_2

↑ スラグ・ガン、ミロクSS-20で立射100mを撃つ仕遊空間さん。 同教室では立射はオフハンドではなく、ヒップレストを教えている。   獲物の動きに応じて、立射姿勢から膝射姿勢に即座に移行などの訓練もある。 ポジション射手は決して真似してはならない練習方法だ。

さてスタMasaの状況・・・・・・左足にも射撃靴を履いた。痛みあり・・・・・耐えられない痛みではない。  

Dga2_3

Ammo_3

↑ 実包は、弾頭シェラ155gr.HPBT 薬莢ノルマ 雷管フェデラル 火薬IMR4895を44gr. 初速2700fps見当のリロード弾。

100m用のリアサイトは1個のAns.インターナショナルで3姿勢を撃っていたが、SとK用に2個目のインターナショナルを卸した。 新たなサイトを調整する意味で、3姿勢を撃ってみる。

Hyouteki_4

P_9

S_4

K

2017nintei
↑ 日ラ認定シール。 今年は2017年シール。2018年3月まで有効。

射撃終了御、道具を片付けながら、関東R.S射撃教室の皆さんと歓談。 良い休日であったsun









2012年3月14日 (水)

三月十四日

3月14日である。

元禄十四年三月十四日、江戸城内において、播州赤穂藩主、浅野内匠頭が高家筆頭、吉良上野介に刃傷に及んだ日。 内匠頭は即日切腹、吉良はお咎めなし。 忠臣蔵の始まりの日であるが・・・・・・・

今の若い世代には通じない話かもしれない。

現代日本で3月14日というと、「白い日」ホワイトデーということになる。 菓子屋の宣伝で始まった行事らしい。馬鹿馬鹿しいと一笑に賦したいところだが・・・・・

1929年2月14日、米国シカゴで発生した、ギャングの抗争事件を記念した日・・・ちょっと違うannoy   聖バレンタインデーcake

これも菓子屋の宣伝で作られた日らしいが、今年も妻と娘から小さなチョコレートを貰った。

いたしかたなく、赤穂事件のこの日、妻と娘にシカゴ事件の返礼(シツコイ)として、菓子を贈ることにした。

Img_8498

2012年3月 8日 (木)

テーピング解除

左足拇指不全骨折から2週間。

仕事帰りの木曜日の夕方、U整形外科クリニックに立ち寄るhospital

このクリニック、平日は午後7時まで開業している。

患部をX線撮影、その後Dr.の診察。

X線写真を見てDr.は 「患部の固定は、もういいでしょう。日常生活に復帰して良いですよ。」と言った。 テーピング解除となった。 だが、痛みは残っている・・・・。

慌てず、ゆっくりと足の状態を戻すことにしようfoot

御心配くださった皆様、あらためて御礼申し上げます。

2012年3月 2日 (金)

あと一週間・・・

左足拇、不全骨折から一週間経過。

毎日朝夕、湿布を貼り添板を当ててテーピング。

金曜日の午前中、整形外科医院に行き、患部をレントゲン撮影。

傷はだいぶ固まっていたが、まだ痛みはある。 

担当医である院長から「あと一週間、固定。その間、夜勤はしないように。」と言い渡された。

あと一週間、静かにしていることにする・・・・・

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